2026年6月15日、アパレルブランド(HUMAN MADE)を展開するHUMAN MADE株式会社は、日本を代表するデザイナーズブランド(UNDERCOVER)を運営する株式会社アンダーカバー(東京・渋谷)の全株式を取得し、連結子会社化するための基本合意書を締結したと発表しました。

この買収劇は、単なるアパレル企業間のM&Aにとどまりません。1990年代に東京・原宿を中心として勃興し、現在では世界のラグジュアリーファッションを牽引するまでに成長した「裏原宿(ウラハラ)」カルチャーの立役者たちが、約30年の時を経て強固な資本関係のもとに再結集したことを意味する歴史的な転換点です。
HUMAN MADEは、「CULTIVATE CULTURE(カルチャーを耕す)」というコーポレートパーパスを掲げ、ストリートカルチャーを、マンガやアニメに続く日本発のグローバルなクリエイティブ産業へと育成することを成長戦略の柱としています。本稿では、この買収がもたらすビジネス的インパクト、両ブランドが持つ歴史的文脈とシナジー、そして「企業価値がブランド価値より低い状態を是正する」というM&A戦略について多角的に分析します。
買収のスキームと今後のスケジュール
本件M&Aのスキームは、株式会社アンダーカバーの発行済み株式の100%をHUMAN MADE株式会社が取得するという完全子会社化の手法をとります。

買収対象企業のプロファイル
| 項目 | 詳細 |
| 対象企業名称 | 株式会社アンダーカバー |
| 設立年月日 | 1994年9月1日 |
| 所在地 | 東京都渋谷区神宮前4-23-16 |
| 代表者 | 代表取締役 高橋盾 |
| 事業内容 | 紳士服、婦人服、アクセサリー等の企画・製造・販売 |
| 対象株式 | 発行済株式100%(高橋盾氏:80%、高橋弘史氏:20%) |
株式取得から連結子会社化までのプロセス
今回の基本合意締結から実際の株式取得完了までのプロセスは、中長期的な視点で計画されています。
| プロセス | 予定時期 |
| 基本合意書締結 | 2026年6月15日 |
| 株式譲渡契約締結 | 2026年9月(予定) |
| 株式譲渡実行 | 2027年2月(予定) |
| 連結子会社化 | 2028年1月期第1四半期(予定) |
取得実行が予定通り行われた場合、2028年1月期第1四半期から株式会社アンダーカバーはHUMAN MADEの連結子会社となり、グループ全体の売上高に大きく寄与することになります。
資本市場の反応と経営体制の継続性
この買収発表に対し、資本市場は極めてポジティブな反応を示しました。UNDERCOVERという世界的な知名度を誇るブランドを傘下に収めることが、HUMAN MADEの今後のグローバルIP戦略を劇的に加速させると市場は評価しています。
また、本買収はいわゆる敵対的買収とは一線を画しています。株式会社アンダーカバーの代表取締役でありデザイナーを務める高橋盾氏と、HUMAN MADEの創業者でありクリエイティブディレクターであるNIGO®氏との間の、30年以上にわたる極めて深い文化的信頼関係がその強固な基盤となっています。
資本統合に至る歴史的文脈:「裏原宿」からグローバルへの軌跡
このM&Aが持つ本質的な意義を理解するためには、高橋盾氏とNIGO®氏の歴史的関係性と、両者が世界のファッション史に与えた影響を遡って検証する必要があります。

文化服装学院での出会いと「NOWHERE」の誕生
1989年、東京・代々木の文化服装学院で両者は運命的な出会いを果たしました。音楽やストリートカルチャーへの共通の関心から急速に親交を深め、1993年4月には原宿の裏通りに伝説的なセレクトショップ(NOWHERE)を共同でオープンします。店舗の半分で高橋氏のUNDERCOVERを、もう半分でNIGO®氏がセレクトしたアイテムを展開するという独自の形態は、後に「裏原宿ブーム」と呼ばれる巨大な文化的ムーブメントの震源地となりました。
異なる軌跡の交差:パリ・コレクションとグローバル・ストリート
2000年代以降、両者の道はそれぞれ異なるグローバルな方向へと進化を遂げます。
高橋盾氏率いるアンダーカバーは、デザインの芸術性と物語性を極め、2002年にはプレタポルテの最高峰であるパリ・コレクションへデビューを果たしました。ストリートとモードを融合した独自のポジションを確立し、日本を代表するデザイナーズブランドとしての揺るぎない国際的評価を獲得しています。
一方のNIGO®氏は、グローバルなストリートカルチャーと音楽産業の中心へと活動の幅を広げました。2010年に新たなクリエイションの拠点としてHUMAN MADEを立ち上げ、2021年にはLVMH傘下の「ケンゾー(KENZO)」のアーティスティック・ディレクターに就任するなど、ラグジュアリーとストリートの境界を破壊し続けています。
関係性の再構築とコラボレーションを通じた対話
2022年、そして2025年に両者は「HUMAN MADE × UNDERCOVER」名義でコラボレーションアイテムを発表し、世界中のファンを熱狂させました。この協業によって良好な関係を再確認したことが、今回のM&Aに向けた具体的な対話の契機となったと推察されます。1993年に一つの空間を共有した盟友が、再び強固な企業体のもとでビジネスを統合することは、日本発のストリートIPを永続的な産業として再構築するための戦略的な一手です。
買収主体「HUMAN MADE」の強靭な財務基盤とビジネスモデル

アンダーカバーを買収する主体であるHUMAN MADE株式会社は、近年アパレル業界の常識を覆すほどの劇的な成長と高収益化を遂げています。
組織の近代化とグロース市場への上場
HUMAN MADEは、2024年に社名を変更し、個人のカリスマ性に依存したブランドから、カルチャーを構造として継続させる企業体への転換を明確にしました。その後、東京証券取引所グロース市場への新規上場を果たし、強固な財務基盤を獲得したことが、今回の全株式取得という大規模な資本戦略の強力な裏付けとなっています。
アパレルの常識を覆す「営業利益率30%超」の財務構造
HUMAN MADEの特筆すべき点は、その異常とも言える高い収益性です。通期の営業利益率は31.7%と、一般的なアパレル企業を凌駕し、欧州のトップラグジュアリーブランドにも匹敵する驚異的な水準を達成しています。
この高収益モデルは、主に以下の要因によって支えられています。
- 徹底したDTC戦略:自社オンラインストアおよび直営店での直接販売(DTC)比率を高め、中間マージンを排除することで極めて高い粗利率を実現。
- プロパー消化の徹底:需要に対して供給を絞ることで希少性を重視し、値引きを前提としないモデルを常態化。
- 高度なマーチャンダイジング:リアルタイムの販売状況を監視しながら価格と原価をコントロールし、圧倒的な店舗販売効率を誇る。
戦略的意図:ブランド価値を企業価値へ転換するシナジー
HUMAN MADEがアンダーカバーを買収した最大の理由は、「企業価値がブランド価値より低い状態」の是正にあります。
デザイナーズブランドが抱える収益化のジレンマ
アンダーカバーは世界的な賞賛を浴びる確固たるブランド価値を有していますが、伝統的な卸売モデルへの依存やショー開催のコストにより、知名度の割に最終的な収益力(企業価値)が低く留まりがちであるという構造的なジレンマを抱えていました。HUMAN MADEはこれを巨大な事業機会と捉えたのです。
「ヒューマンメイド方式」の注入による事業モデル変革
本買収後、HUMAN MADEはアンダーカバーに対して自社の経営インフラを注入し、事業モデルを変革していくことが予想されます。
- DTCインフラの共有:卸売依存からDTC主体へのシフトを加速させ、粗利率を劇的に改善。
- 在庫管理モデルの導入:プロパー消化を前提とする緻密なMD戦略を導入し、利益率の向上を図る。
- IPビジネスのグローバル展開:アンダーカバーの持つアーカイブデザインやキャラクターをグローバルな知的財産として再定義し、収益機会を拡大。
クリエイティブの領域は高橋盾氏の感性に委ねつつ、バックオフィスや流通・販売戦略をHUMAN MADEが担う「垂直統合と機能分化のハイブリッド」がシナジーの本質です。
グローバルIP戦略の進展と新規事業「Buffer」による布石
HUMAN MADEは自社のパーパスを実現するため、日本発のファッションカルチャーをグローバルなIPビジネスへと昇華させる方針を掲げています。
西山徹率いる新ブランド「Buffer」に見る裏原IPの結集
この戦略的意図は、買収発表前に始動した新ブランドにも表れています。HUMAN MADEは「WTAPS」創設者の西山徹氏をクリエイティブディレクターに迎え、若年層向けの新ブランド(Buffer)を立ち上げました。東京・渋谷エリアにコミュニティ拠点となる店舗もオープンさせています。


高橋盾氏、西山徹氏、そしてNIGO®氏というストリートファッションの礎を築いたレジェンドたちが、HUMAN MADEというプラットフォームのもとに結集しつつある状況は、裏原宿のレガシーをグループのポートフォリオとして統合する動きと言えます。
グローバルアドバイザー網による世界展開の加速
HUMAN MADEは、ファレル・ウィリアムス(Pharrell Williams)やKAWS(カウズ)、VERDY(ヴェルディ)といった世界的な影響力を持つアイコンを経営陣やアドバイザーとして迎えています。アンダーカバーがこのグループに参画することで、世界的コラボレーションや新たな市場へのIP展開が飛躍的に加速することが予想されます。
中期的展望と今後の店舗展開・投資戦略
「仕込みの1年」と積極的な旗艦店展開
2027年1月期のグループ業績への影響は軽微とされていますが、これは実質的な業績貢献が2028年1月期以降に本格化するためです。HUMAN MADEは現在を「仕込みの期間」と位置づけ、東京・原宿の大規模旗艦店をはじめ、ソウルやバンコクなど国内外での積極的な店舗展開を推し進めています。
予想されるリスク要因と経営統合の課題
懸念されるリスクとしては、独立性の強いデザイナーズブランド特有の精神と、上場企業としての効率性追求との間の文化的摩擦が挙げられます。しかし、高橋氏とNIGO®氏の長年の信頼関係と、「カルチャーを保護し育成する」というHUMAN MADEの基本理念が、この摩擦を緩和するバッファーとして機能するでしょう。
まとめ:日本発「ファッション・コングロマリット」の誕生
HUMAN MADEによる株式会社アンダーカバーの全株式取得は、日本のファッションビジネス史における重要なマイルストーンです。
これまで、世界のラグジュアリーファッション業界は欧州の巨大コングロマリットによって支配されてきました。日本には強力なブランドが存在するものの、それらを資本のもとに束ねる存在は長らく不在でした。
HUMAN MADEが確立した高収益モデルとプラットフォームは、ブランドの潜在価値を解放する強力な武器となります。彼らは、裏原宿から生まれたファッション・カルチャーを、日本のマンガやアニメに続く世界的IP産業へと昇華させようとしています。2027年の株式譲渡実行以降、この日本発のクリエイティブ集団がグローバル市場でどのようなシナジーを生み出すのか、今後の展開から目が離せません。